Sunday, February 3, 2013

老人詐欺



 男が手土産にマフィンを携えてオレゴン州ポートランドに住むルーシーさんを訪ねて来たのは、四年前の春のことだ。ルーシーさんは当時七十五歳、少し足が不自由だが、身体は健康で、夫を亡くした後も、子供たちと離れて一人で暮らしていた。だから、人が訪ねて来て話し相手になってくれるのは、大歓迎だった。
 その男、マービン・ノービーは、なかなかハンサムな中年男で、ルーシーさんに親切だった。彼が孫の中古車を買ってくれたことから、付き合いが始まり、マービンは足繁くやって来るようになったのだ。
 その日、マービンは遠慮がちにこう切り出した。
 「タコマにある自宅を売りたい。ついては少し修繕しなければならないので、二千ドルほど貸してもらえないだろうか」
 彼女はいやと言えなかった。ルーシーさんは、後に開かれたオレゴン州議会の公聴会で「マービンはその後も無心を続け、気が付くと四年間で十万ドル(約一千二百万円)を彼に渡していました」と証言している。
 このマービン・ノービーこそ、過去十年に渡って同州の老人を騙し続けた大詐欺師だった。九一年に初の老人詐欺で二十八ヵ月の懲役刑に服したほか、八十三歳の女性から八千ドルを、また九十八歳の女性から四万三千ドルを騙し取るなど、その悪事は枚挙に暇がなかった。
 ノービーを逮捕して取り調べたポートランドの警察官は、「孤独な老人に近付いて信頼を取り付け、情につけ込む単純な手口だが、誰もがものの見事に騙された」と同じ公聴会で述べている。
 和歌山で逮捕されたケアマネジャーは、その立場を利用して金を詐取したうえ、老人を殺すという悪質な犯行で世間を驚かせたが、老人を狙った詐欺が横行している現状は、日本もアメリカも同じだ。
 FBI(米連邦捜査局)によると、米国の被害は年間で四百億ドル(四兆八千億円)を下らない。各地の警察には、次々に老人詐欺専門の捜査係が設けられている。
 くだんのルーシーさんが今しみじみ思い出すのは「みんながお前の金を狙っているからね。注意するんだよ」と語った亡夫の最期の言葉だったという。
 (2001年5月12日)

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