Tuesday, April 16, 2013

花の季節




 この季節になると花について書きたくなる。豊かな日本の四季は、道元禅師ならずとも「春は花」から始めたい。そして「花はさくら、桜は山桜の葉あかくてりて、ほそきが、まばらにまじりて、花しげく咲たる」のが最高だ、といったのは本居宣長だ(玉勝間)。
 だが、都会に住んでいると、山桜を見る機会はほとんどない。各地の公園や河岸を席巻しているのは、ソメイヨシノの艶姿である。
 ワシントンのポトマック河畔でもこの時期、ソメイヨシノが満開だ。明治四十五(一九一二)年、東京市長・尾崎行雄が苗木を贈ったのが始まりで、九十年の歴史がある。サクラは日米関係を象徴する花となったが、残念ながら、ソメイヨシノは実を結ばない。
 米国では、サクラは果樹扱いだ。つまり「花よりサクランボ」。生食はもちろん、チェリー・パイは垂涎もの。日本でもお馴染みの赤黒いアメリカン・チェリーは、実は西アジア・ヨーロッパ原産の栽培品種だ。
 東部一帯に自生するワイルド・チェリーは、白く長い花穂が付き、およそサクラらしくない。家具の良材で、樹皮から咳止めシロップが、実からはゼリーやワインが作られるなど、開拓者の生活を支えてきた。 
 さて、サクラといえば思い出すのが、初代大統領ジョージ・ワシントンの逸話だろう。六歳の時にサクラの木を斧で切り倒したが、「ウソはつけない」と、それを正直に父親に告白したという有名な話である。
 これは一八〇六年にメイソン・ウィームス牧師が書いた伝記に出ている。今では牧師の創作であることが明らかだが、米国では百年以上にわたって学校の教材にも取り上げられ、誰もが実話と信じて疑わなかった。政治家になる人は「青少年の模範となる」ような高潔な人物だ、と素朴に信じられた時代だった。
 今日、日本の政界を見ると、権力や名誉欲に取り付かれ、金にまみれて平気でウソをつき、おまけに居直る厚顔無恥な政治家がいかに目立つことか。「恥を知れ」と言いたくなる。サクラの花に高潔さを見出し、散り際に「いさぎよさ」を感じたのは、日本人独特の美意識だ。汚辱にまみれる濡れ落ち葉は、もう一度樹上の花を見上げるがよい。
(2002年4月6日)

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